地下水道

ハルチカ 「俺は、なにか凄くまずいことをした……」

しばらく無言で考え込むハルチカ。
立ち上がり、後片づけを始めるすわん。

ハルチカ 「その石は、本物のリアルじゃねえのか」

俯くハルチカ。

すわん  「もしまた何処かで会ったら、お茶でも」

ハルチカを残し、地下水道を出ていくすわん。


ラブホテルの一室 朝八時

陽の差し込む明るい客室で、ルームメイクをしているすわん。開けっ放しのドアから、北見がすわんの耳の聞こえないのを知りながら(パチンと指を鳴らしたり、グラスを割ったり)近づく。背後からすわんを抱きしめる北見。
一瞬驚いて振り返るが、すぐに無表情になり割れたグラスを見て、為されるままのすわん。
その表情に気付き、きまり悪そうに体を離す北見、ポケットから「今月から給料を倍にしてある」と書かれたメモを取り出し、すわんの前に翳す。
困ったように微笑むすわん、満足げに頷く北見。さらにメモを取りだす北見「妻と二人きりで逢わないで欲しい」とある。
手で「チョット待って」な仕草をして、ポケットからモバイルツールを出し、キーボードを素早く打つすわん。

モバイル 「シンパイシナイデ」

ホッとした顔の北見、出ていこうとドアのところまで行くが、引き返してくる。
すわんの頬を両手で挿み、しつこいキスをする北見。
出ていく。
その背中を無表情に見送り、割れたグラスを片づけるすわん。指を切り、血が滲む。血を拭くこともなく、そのまま屑入れに手を突っ込むすわん、使用済みコンドームが手に絡みつき、血が滴るのを見て、回収袋に苛立たしげに投げ込む。


ラブホテル フロント 朝8時半頃

ルームメイクを終えたすわんが後ろのドアから入ってくる。
相方であるパートのおばさんと北見が談笑中。
北見に自分の腕時計を示すすわん。

北見   「え? ああ時間か。お疲れさま」

そっけなく応える北見に一礼し帰り支度を始める。モバイルツールに打ち込みながらおばさんに近づく。

モバイル 「オサキニシツレイシマス」

そのまま振り返り出ていこうとするすわんの肩をおばさんが軽く叩く。
手話で「お疲れさま」と示すおばさん。「少し勉強しています」と続ける。
嬉しそうに笑うすわん。おばさんをおもむろに抱きしめる。
面食らったおばさん、手話で何か言おうとするが、頬を寄せられ笑っちゃう。

おばさん 「……照れちゃうじゃないの」

手話でアリガトして、ペコリと頭を下げ、帰るすわん。

おばさん 「いい娘だよ、ホントに。耳さえ不自由じゃなければ、どんなによかったか……」

言いかけてやめるおばちゃん。

北見   「ああ、本当に」

複雑な表情ですわんの出ていったドアを見る北見。


ハルチカの職場へと下る階段

家路を歩くすわん。煙草をくわえている。
少し離れた銀行ビルのまだ開いていないシャッターの前を箒で掃いているハルチカが見える。目を凝らすすわん。
眠そうに目をこするハルチカを、細めた眼で確認するすわん。塵取り持ってかったるそうに引き上げていくハルチカの後を慌てて追うすわん。


池袋西口 マクドナルド付近

階段を下りながら、両耳に手を当てているすわん。深呼吸をして意識を集中させる。
次第に大きくなるすわんの靴音、下りきってハルチカのいる場所を覗き込んだ途端、ボイラーの轟音が聞こえる。
ノートを手にぼんやりとコアのスイッチを入れたり、メーター読みをしているハルチカ。すわんには気付かない。
傍らにぶら下げてあるメンテ用工具から、450か600のモンキースパナを手に取るすわん。それを重そうにぶらんぶらんさせながらハルチカに近づく。
人影に驚き振り向くハルチカ。すわんが手にしたモンキーに、一瞬構える。
微笑んでいるすわん。
ハッとすわんを思い出すハルチカ。

すわん  「また地下で会ったわね」

ハルチカ 「あったねってお前、ここ職場だし……ってかなんでいんの?」

うろたえるハルチカ。

すわん  「約束、覚えてる?」

ハルチカ 「え? なに、なんの?」

すわん  「また会ったらお茶。……仕事何時まで?」

珍しそうに室内を見回しながら言うすわん。

ハルチカ 「ああ、いや、もうあがりといえばあがりだけど……」

すわん  「そうよかった。じゃあ入り口のところで待ってるわ」

スタスタ引き揚げていくすわん。

ハルチカ 「ちっとまてよ! なんでお前ここがわかったんだよ」

ハルチカの言葉に振り向かず、少し首を横に傾けるすわん。

ハルチカ 「なんだあいつ……」

2007年10月29日号掲載


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