銀行ビルの前 

着替えを済ませたハルチカが出口から出てくる。
ガードレールに腰をかけてニコニコとすわんが待ってる。
足下には煙草が何本か落ちている。
少し驚き、すぐに諦めた様な顔をするハルチカ。

ハルチカ 「ほんとにいんなよな……」


 喫茶店 

無言でアイスコーヒーを飲む二人。
壁に手書きのメニューが貼ってあり「カルポーナーラー」とか「フランス定食」なんつうテキトーなことが書いてある。それらをみてニヤけるすわん。

すわん  「たまたまさっきね、掃除してるあなたをみかけたの」

ハルチカ 「ハァ……」

硝子ケースの中に、フォークが宙に浮いたスパゲッチーのサンプルがあり、なぜか二段重ねになっている。
ひっくり返った「大盛りロッケンロール」の文字をうんざりした感じでみているハルチカ。

すわん  「一人暮らし?」

ハルチカ 「えっ、ああうん」

すわん  「あなたが住んでるところに行ってみたいわ」

ハルチカ 「あのさ、さっきから言ってること全然わかんないんだけど」

すわん  「あたしもよくわからない!」

楽しそうに笑うとハルチカの手を引いて席をたつすわん。

すわん  「行こう」

支払いを済ませるすわん、イイ感じに枯れた喫茶店のおばちゃんだが、すんごいスピードでレジを打つ。


 路上 

先に喫茶店を出て、速足で歩いていくハルチカ。小走りで後を追うすわん。

ハルチカ 「なんなんだよ……」


 ハルチカのアパート 

輝くように明るい部屋の中を珍しげに見回すすわん。

ハルチカ 「シャワー浴びたいんだけど」

すわん  「はーい、おかまいなく」

庭に出てコンポストの蓋を開けたり、何となく落ち着かないすわん。
すぐにハルチカがシャワーから出てくる。

ハルチカ 「朝飯食った?」

すわん  「ビスケットと煙草」

相変わらずそわそわ。

ハルチカ 「煙草は食べ物じゃないよ、なんか作ったら食う?」

すわん  「くー!」

無言でキッチンにたつハルチカ。
チョイはずしたかなといった感じで気まずそうにその背中をみるすわん。

ハルチカ 「ここに人が来たのは初めてだな」

肉を捌きながら殺した犬のことを思い出しているハルチカ。


 同 

食卓テーブルの上に散らかったCDロムやDVDを段ボールにズザッと流し込むハルチカ。
食事がはじまる。

すわん  「あたし耳が聞こえないんだよ」

ハルチカ 「んなこといったって、普通に話してるぜ」

すわん  「今は聞こえてる」

ハルチカ 「どして?」

すわん  「十歳くらいの時、凄く高い熱出して聞こえなくなったの。ホントに。でね、高校の体育祭の時にリレーでアンカーをやらされたときに、それまでで一番緊張しちゃって。そしたら耳が痛くなって、急に聞こえるようになったの」

ハルチカ 「良かったじゃん」

すわん  「でもね、その頃うちの両親、っていってもあたしを施設から引き取ってくれた人たちだけど、二人ともちょっとあって嫌いな人たちが沢山集まってきて、家に帰るとみんなして聞きたくないことばっかり言いあってたの」

ハルチカ 「ちょっと、施設って?」

すわん  「あたし公衆便所で産まれて、そのままそこに捨てられたの」

ハルチカ 「……悪い」

すわん  「んーん。覚えてないし物心ついてこのかた幸せだから。で、話を戻すと、そんなんでゴタゴタしてたから、耳が聞こえるようになったよって両親に話す間も無く、こんなんなら聞こえないままの方がいいやって思っちゃったのね、そしたら不思議とコントロールできるようになっちゃった。ONとかOFFとかね」

一気に喋って溜め息をつくすわん、水を飲む。

ハルチカ 「変わった特技だな」

すわん  「こんなこと誰かに喋ったの初めて」

ハルチカ 「へえ」

すわん  「多分ホントはずっと聞こえてるんだろうけど、耳では。なんか催眠術とかでもあるじゃない、耳が聞こえなくなりますよー、とかって。そういうのの一種じゃないかな」

ハルチカ 「自己暗示みたいなやつか。でもそんなことしててなんかいいことでもあんのかよ?」

すわん  「便利よ、凄く。あたしにとっては」

別に関係ないという風に、自分の食器をキッチンへと片づけ始めるハルチカ。

すわん  「ねえ、ビールが飲みたいよう」

ハルチカ 「ないよ。なんか知んないけど今はイラついてない。でも面倒くさいから帰って欲しいと思ってるんだ」

すわん  「怒ってるの?」

ハルチカ 「いや」

すわん  「じゃビール買ってきて」

なにか言おうとして振り返るが、微笑むすわんに何も言えなくなるハルチカ

ハルチカ 「わかった」

2007年11月5日号掲載


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