勤務日誌を付けているハルチカ。スーツ姿の男(林さんの息子)が開けっ放しのドアをノックする。
林 「あのすいません、こちらに村上さんという方はいらっしゃいますでしょうか?」
穏やかな物腰。
ハルチカ 「僕ですけど」
林 「あ、はじめまして私以前ここでお世話になっていた林の息子でございます」
一礼し、手に持っていた菓子折りを差し出す。かしこまった感じで立ち上がり、椅子を勧めるハルチカ、動揺してる。
林 「父がここで事故、といいましょうかまあ怪我をしたとき、救急車を呼んでいただいたのが村上さんだったそうで」
ハルチカ 「いえ、別に当たり前のことしただけですから」
林 「本来ならすぐにでも御挨拶に伺うべきだったのでしょうが。遅くなってしまいまして申し訳ありません」
ハルチカ 「いえ」
林 「いやまったく。そんなわけでちょっと近くを通りましたもので、お礼だけでもと思いまして」
ハルチカ 「いえいえ」
林 「それでは、お邪魔しました」
帰ろうとする林、背後から呼び止めるハルチカ。
ハルチカ 「あの!」
林 「はい?」
振り返る。
ハルチカ 「林さん、怪我の方は」
林 「ええ、怪我自体は鼻の骨折くらいなものだったんですが……。そのどうも、ここでも言っていたらしいですが……その、湯呑みが爆発したということだけは絶対にそうだと言い張っていて……」
複雑な表情のハルチカ、再び椅子を勧めるが、断り、疲れ切ったような感じでその場にしゃがみこむ林。
林 「いやまったく、常識に考えてもありえないことですよね、現に湯呑みは机の上にあったというし、実際村上さんだって近くにいらっしゃったわけですし」
ハルチカ 「ええまあ」
林 「しかし、その後具合があまりよくなくて」 目を閉じるハルチカ。
林 「はやい話ノイローゼを患ってしまいまして。まあそんなわけで今日本社の方にも伺って、正式に退社の手続きを済ませてきたというわけで。いや、村上さんには関係のない話をべらべらとすいません」
ハルチカ 「とんでもない」
林 「でもね、実際いい親父でしてね、私としても話を信じてやりたいんですが、話があまりにも。……惚けちまうにはまだ早いはずなんですがねえ、転んだときになにか悪い条件が重なったって、それで済むはずなんですがねえ」
涙ぐむ林。
ハルチカ 「もしも、自分の身に何か信じられないことが起きて、それをまわりの人間が誰も信じ無かった場合、その人はどうやって自分の世界に現実を取り戻していくかというのにはすごく興味あります」
呆気にとられたように顔を上げる林
林 「は? なに言ってるんですか村上さんまで。わかるわけないじゃないですかそんなこと。ただ少なくとも母と私だけは、最後まで見捨てずに、そばにいてやろうと思うだけですよ」
ハルチカ 「ホントにっ?」
ビックリする。
林 「当たり前じゃないですか」
言いながらうんざりした様子で立ち上がる。
林 「それじゃ、長居してしまいまして」
沈鬱として部屋を出ていく林、うつむいて見送ることもできないハルチカ。
2007年12月24日号掲載
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