ハルチカのアパート 夕暮れ 

夕立が上がったばかりで、低く薄い雨雲の上に白い雲と夕焼けがのぞいている。遠くではまだ時折雷が光り、雷鳴も聞こえている。(セイゲン・オノのアイシンクオブUのようなリバーブのかかったピアノのシンプルな曲に雷鳴が被ってる感じ)
縁側で蚊取り線香を焚いて、西瓜を噛っている二人。

 

ハルチカ 「あのさ、ちょっと何か、変えてみたくなったんだ」

すわん  「なにが?」

ハルチカ 「なんか俺も、やり方違うような気がしてさ」

すわん  「セックスしないってこと?」

ハルチカ 「違うよ、俺自身のことでさ」

少しうろたえる。

すわん  「ふーん」

何か言いたげに俯き、やっぱりという感じで思い切って顔を上げる。

ハルチカ 「なあ、リアルとか現実とか普通って、お前はどう考えてる?」

すわん  「なに? からかってるの?」

笑いながら応えるハルチカ 「……」

困り切った様子で再び下を向く。

すわん  「あたしはあたしの肉体を以てリアルとしてる。現実っていうのはあたしの身に起こること。普通は、あたしがこれが普通だといいなと思うもの。だからといって何処かで起きてる戦争や酷いニュースを、現実じゃないとは思わないけれど」

少し上の方を見て生き生きとした表情。

ハルチカ 「ずいぶん簡単なんだな」

何かを諦めたように嗤う。

すわん  「簡単よ」

一度ながい瞬きをして大きく息を吸うハルチカ。

ハルチカ 「ずっと長い間、一人芝居みたいなことをしてきたのかもしれないな」

すわん  「なにそれ」

ハルチカ 「上手く言えないけど、ずっと俺は自分が生きてるってことを強く感じようとしてジタバタしてたっていうかさ……その都度瞬間的にはその、実感みたいなものもあったけど、たった一日、いや数時間でそんなものは、今、ただ生きてる、なんの苦痛もなく大した喜びもないホント単なる生物として生存してるっていう現実に、簡単に飲み込まれちゃうんだよ」

すわん  「毎日にってこと?」

ハルチカ 「うん」

すわん  「なにがいけないの?」

ハルチカ 「いけないことなんかないんだけど実感っていうか少しでもそういうこと考えたり、したりしてないと強烈に不安になるんだよ」

すわん  「みんなそうじゃないかな」

ハルチカ 「よくわかんないけどさ、こないだあのガキがちらっと言ってたように本当の自分とかそんなの考えたこともあったけど、今は俺の本当、俺の真実が知りたい。そうしたら不安は消えてなくなるような気がしてさ」

すわん  「少しだけ解るけど」

少し笑う。

ハルチカ 「おかしいかな」

すわん  「おかしくはないわ、それにねハルチカ、あたしも上手くは言えないけど多分、それは不安というよりむしろ寂しいという感情なんだとあたしは思う」

ハルチカ 「俺は、寂しかったのかよ?」

驚いた顔のハルチカ。

すわん  「違うの?」

ハルチカ 「う、よく解らないけど、寂しかったってそりゃ、ちょっと簡単過ぎるよ、いくらなんでも」

すわん  「だって今はあんまり不安にならないでしょ、それにずっと犬食べてないじゃない」

ハルチカ 「そういえばそうなんだ、なんか最近は凄くその、楽なんだ」

すわん  「あたしがいるからよ、あたしにハルチカが反射するから」

ハルチカ 「自分で言うかな」

すわん  「凄いことだと思ってる。あたしがハルチカに出逢えたこと。ハルチカがこの世にいてくれたって事」

ハルチカ 「なんかちっと安っぽいな」

すわん  「そうね」

微笑むすわん。

すわん  「あたしもちょっとね、最近あるの」

ハルチカ 「なにが」

すわん  「死にたくないの」

ハルチカ 「は?」

すわん  「いままでこんなこと思ったこともなかったのに、もちろん病気とかあるわけじゃないけど、さっきハルチカが言ってた実感とかとは違って、単純に、ずっとずっと、死にたくないのよ。ハルチカと一緒に生きていたいの」

真剣な表情だが、ハルチカの顔は見れないすわん。

ハルチカ 「みんな死ぬよ」

すわん  「うん、それでも」

ハルチカ 「随分可愛いこと言うのな」

すわん  「うーん、口にしてしまえばこんなもんよ。でもやっぱりちょっと違うそのためにあたしは、耳を塞いで、口を閉じて、聞いて、喋り続けてきたんだもん。だからそのうち、うまく伝えることができる自信ある」

庭に足を投げ出して照れくさそうに背中を仰け反らすすわん。
少しだけ微笑むハルチカ、真顔になる。

ハルチカ 「ちょっと頼みがあんだけど」

もう解っているかのように頷くすわん。

ハルチカ 「俺いちど、警察に自首しようと思ってるんだ。今までしてきたこと、っていっても殺人はないけど、償うべき罪を犯し続けてきたことは確かなんだよ」

すわん  「長くなるの?」

ハルチカ 「いや、そういうことは行ってみないと解んないけど、全部解っててしたことだし、自首したからって俺がしたことがリセットされるわけじゃないし。ただ、もう充分なような気がしてるって言うかさ」

すわん  「ふん、じゃ待ってる」

あっさり。

ハルチカ 「いや、待ってなくてもいいんだけどさ、ちょっと身元引き受け人頼みたいんだ」

西瓜を噛る。

すわん  「待ってる」

二人の顔の間で西瓜が砕け、縁側に落ちる。
キス。
抱きついたすわんの背に手を回しかけるハルチカ。それをやめてすわんの肩を押しやる。

ハルチカ 「散歩行ってくる」

2007年12月31日号掲載


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