深夜ハルチカが散歩から帰ってくる。畑のトウモロコシの葉の裏に蝶がとまっている。指先で軽く触れるハルチカ。動かない蝶。
ハルチカ 「寝てんのか」
縁側から部屋へ戻ろうとする。ふと顔を上げるハルチカ、すわんの部屋から網戸越しに、泣いている声が聞こえる。
ハルチカがドアをノックする。泣き続けているすわん。ごく微かにマーラーの「交響曲第5番・4楽章」5分過ぎあたりからが流れている。
ハルチカ 「入るよ」
ドアから一度中を覗き込み、中を見回しながら入る。
すわん 「えーん、えーん(泣きじゃくっている)」
仰向けのまま両手を、空中を掴むように伸ばしている。
ハルチカ 「どしたの?」
近寄り、顔を覗き込もうとしてすわんにシャツの裾を掴まれる。
ハルチカ 「なんで泣いてんの?」
一瞬驚くが、心配。
すわん 「わかんない、わかんないよう」
嗚咽。
ハルチカ 「わかんないことないだろが。なんか理由があんだろ。どっか痛いとか……具合悪いの?」
すわん 「だって、だって」
無理に息を調えようとして咽せる。
ハルチカ 「電気つけるよ」
すわん 「いいの、このままで」
ハルチカ 「どうしたんだよ」
シャツを掴んでいたすわんの手を離し、両手で包み込むように握り、その場に胡座をかくハルチカ。しばしの間。
フラッシュバック 施設
清潔な産着を着てベビーベッドの中で泣いている赤ん坊、年齢も背格好もバラバラな子供たちがベッドを取り囲み、覗き込んでいる。
ベッドのふちに「すわん」と書かれた名札。
すわん 「……苛々してて、すごく、不安で。……求めてるの」
ハルチカ 「わかんないよ」
困ったような苦笑い。
すわん 「産まれたときと、いっしょじゃないかなぁ、よく、わかんないけど(嗚咽)」
ハルチカ 「覚えてないよ、うまれたときなんか」
すわん 「(また泣きじゃくる)そうだけど、そうなんだけど」
よくわかんないけど愛しいので、すわんの頭を撫でてやるハルチカ。
すわん 「違うかなぁ、そうじゃないのかなぁ……」
すわんを眺めながら体育座りに座り直すハルチカ。背中を向けて、ゆっくりと息を調えるすわん。
すわん 「ねえ……」
ハルチカ 「んー?」
すわん 「……ありがと」
すわんの部屋壁に掛けられたカレンダー、一日置きに「ハルチカ」と書いてある。その下に着替え、本など持っていくもの、弁護士の人と会うなどメモ書きもある。
2007年1月8日号掲載
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